2011年8月14日日曜日

「今」は今しかない。

お盆の季節になりました。
7月初めに種を蒔いた朝顔も、順調に大きく育ち、つぼみがたくさんつきました。まだ花は咲いていないのですが、青い大輪を咲かせてくれるのを期待して、水やりを頑張ります。



日陰を目的として朝顔を育てましたが、毎日すくすく大きくなり、葉の緑が美しく風に揺れて地面に映る影がとても綺麗で見とれてしまいます。

私は自然や植物や動物が大好きで、犬と猫を飼っています。室内には、観葉植物のモンステラとポトスを育てています。モンステラは葉が二枚の頃から育てていますが、年々葉を増やし、今も葉を開かせようとしています。毎日ワクワクしながら葉が開くのを待っています。



小杉教室の近くには等々力緑地公園があり、武蔵小杉の駅の方に行くには周辺の道を自転車で走るのがとても気持ちいいんです。大きな樹木の葉が風で揺れる音は、本当に心が癒されますし、この時期はセミが一生懸命鳴いていて、夏を感じるキッカケになっています。「生きている」ことを実感させてくれます。この辺りでは、ゆっくりと時間が流れています。


ポーランドのピアニスト、アルトゥール・ルビンシュタインがこんな言葉を残しています。


「私は生きることに夢中だ。

人生の変化、色、様々な動きを愛している。

話ができること、見えること、音が聞こえること、歩けること、

音楽や絵画を楽しめること、それは全くの奇跡だ」



陽が昇り、沈む毎日を、ただぼんやり過ごしているのはもったいないですね。
ひとつひとつの当たり前の出来事に感謝して、もっと小さな幸せを大切に感じられるよう、生きていきたいですね。

「今」という時は、今しかないのですから。




2011年8月2日火曜日

音楽を通して自分自身と関わる

日本人は昔から、感情を表に出すことが苦手とされていました。
それが日本の美学というか、文化というか・・・
感情をあらわにすることは、あまり美しくないことされる感覚が根付いています。
それに比べて外国の方々は、表情豊かで、体全体で喜びや悲しみを表現していますね。

もちろん時と場合によって使い分けているのでしょう。
家族の中での会話、友人同士の会話、社会人として会社での会話など、使い分けをすることは相手を思いやることになりますし、敵を作ることもなくなるでしょう。置かれている状況を察知し、臨機応変に対処していくことは、一社会人として求められる要素であると思います。

しかし、血の通った人間は、長い人生を生きてきた中で、鮮明に記憶している幸せな気持ちや、嬉しい出来事、涙が止まらないような悲しい気持ち、辛い気持ちを体験することは ごく当たり前のことであり、その感情を自分一人の内に秘めていることは辛いのではないでしょうか?心のどこかで、「人に聞いてほしい」、と思うこともあるのではないでしょうか?
その感情を表現する一つの方法に音楽があると思います。

音楽は人間のドラマのひとつひとつから生まれます。

音符・詞から感じられる内容を自分なりに理解し、時には作曲者・作詞者の気持ちに寄り添って、歌ったり演奏をすることが、喜び、怒り、哀しみ、楽しみの感情を持った人間の、自分自身との上手な関わり方だと思います。

20世紀最高のオペラ歌手とされる、マリア・カラスは下記のような言葉を残しています。



「いろいろな感情を表現するのに 音色を変えないような人がいたら 
ぞっとするではありませんか?」



自分自身の気持ちをよく理解し、感情を表現する時間を大事にしていくことが、ストレス社会を生きる現代人には必要ではないかと考えています。